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『Gorguts / Pleiades’ Dust』

古今東西より民族、芸術、文化が交流し、8世紀半ばから約500年もの間栄華を誇ったイスラム帝国〜アッバース朝〜世界最大の都「バグダット」

100万人もの市民が暮し「知識の都」「平和の都」と謳われたバクダットの繁栄を支えたものは何か?

 

本日紹介のレコードは「Gorguts / Pleiades’ Dust 」デス。

この作品は、イスラム帝国の都市バクダットにあった「知恵の館」をコンセプトにしたEPなのですが、収録曲が33分にも及ぶ長編「Pleiades’ Dust」一曲のみという挑戦的なプログレ大作となっております。

また、かつて栄華を誇ったプログレについて今一度考えさせられるEPでもあると思います。それではどうぞ。

 

 

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カバーアートはZbigniew Bielak すごい! モンゴル帝国襲撃と天文学の道具でしょうか。
ただ、光沢紙のテカりが画の雰囲気とあっていないのが残念。

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Amazonから買ったけど珍しく限定色盤が届きました。ポスター付。

 

イスラム帝国黄金時代から崩壊まで描く一大抒情詩

中世、西ヨーロッパ圏では蛮族の侵攻、為政者やキリスト教による古代ローマ・ギリシア文化の排斥などにより西ヨーロッパの文明は衰退しておりました。いわゆる「暗黒時代」と呼ばれている時期です。

本作は、中世ヨーロッパ停滞期に台頭したイスラム帝国〜アッバース朝〜の歴史を全7章からなる組曲にし、同帝国が黄金時代を築く過程からモンゴル帝国襲撃による崩壊までを描いた壮大な抒情詩になっております。

I. Thinker’s Slumber (0:00-4:05)
II. Wandering Times (4:05-7:16)
III. Within the Rounded Walls (7:16-9:29)
IV. Pearls of Translation (9:29-12:44)
V. Compendiums (12:44-18:04)
VI. Stranded Minds on the Shores of Doubt (18:04-21:14)
VII. Besieged (21:14-33:00)

なお、レコードは都合上、A面が1~6章まで、B面が7章という仕様です。

 

知恵の館「バイト・アル=ヒクマ」

イスラム帝国繁栄の基盤となったのが、バグダット市内に建設された知恵の館「バイト・アル=ヒクマ」(英:The House of Wisdom)と呼ばれる図書館です。

ヨーロッパでは失われつつあった古代ローマ・ギリシア文明の知識をはじめ、古今東西からあらゆる学術文献が「知恵の館」へと集められました。数十万にも及ぶ文献は国家事業としてアラビア語へ翻訳されていったのです。

同時に中国から得た製紙技術の発展により、医学・天文学・数学・哲学などの膨大な文献は翻訳研究されたのち、バグダット市内の書店で本として売り出されました。当時バグダット市内には100店舗以上の書店が並び誰でも本を購入できたのです。

とりわけ医学の研究は進み、病院が建設され外科・内科・精神科・産科などがあり、麻酔を用いた高度な外科手術も行われていました。

余談でありますが、アッバース朝のころのイスラムでは「学者のインクは殉教者の血よりも尊い」と言われていたそうです。

話をGorgutsに戻しましょう。今物語の中心は「知恵の館」ということでハイライトは間違いなく4章、5章でしょう。古代ローマ・ギリシアから“知の遺産”を受け継いだイスラム帝国が文明を発展させ、黄金時代を築く過程を表した章です。曲も物語と連動しており、知識が秩序をもたらすように不協和音が徐々にメロディを形成し、繁栄の絶頂を表すかのごとく優雅なワルツになるのです。
もう天才的楽曲としか言いようがありません。

 

「モンゴル軍によって虐殺された人の血でチグリス川は赤くなり、次に、捨てられた書物のインクでチグリス川の水が黒くなった」

1258年、バグダットはモンゴル帝国の襲撃を受け、市内は徹底的に破壊されました。知恵の館に収蔵されていた何十万冊もの学術書はモンゴル軍によって燃やされるか、川に捨てられたのです。

市民は虐殺され、その後何十年にもわたりバグダットは無人の廃墟となりました。このバグダットの戦いによりイスラム文明が築いた多くの文化遺産は地上から消失したのです。

6・7章は、モンゴル帝国襲来によるバグダット崩壊を描くシーンです。ここではデスメタルバンドGorgutsの暴虐性が遺憾無く発揮されます。

メロディは崩壊し破壊的轟音から、再び不況和音へ、そして静寂の混沌に帰すのです……

 

Gorgutsの新たな挑戦

いや~、もうスゴイです。
ただでさえ、一見さんお断りな雰囲気を醸し出しているのに33分にも及ぶ長編とかどうなの? と最初は心配でしたが聴き終えてみればその迫力に圧倒されてしまいました。

正直に申しますと一回目聴いたときは「???」となりましたが、イスラム帝国の歴史と「知恵の館」を調べながら聴き込むうちに突然「コレは凄い!?」と震えるようになりました。
アヴァンギャルドの一言ではこの作品の良さを伝えきれないので、今回はイスラム帝国の歴史もあわせて掲載したぜよ。大雑把にまとめたため間違いもあると思いますけど、そこはご容赦下さい。

 

音楽ジャンル的にはデスメタルにカテゴライズされていますが、先進的・実験的・創造的な作品を生み出している点で言えば間違いなく前衛音楽・プログレッシブロックです。

“King Crimson”の前衛性と”Gorguts”流のクラシックの融合体。無軌道でアヴァンギャルドであるかと思えば、一音たりとも例外なく全ての音が計算されているのでは? とも思える神秘性に満ちております。

いきなりプログレファンに「Gorgutsはプログレシッブロックだ」と言っても到底受け入れられないでしょうけど、現代におけるプログレッシブロック、また今後のプログレの在り方を語るうえで重要な作品になるのではないかと思います。

デスメタルファンはもちろんですが、プログレファンの方に是非聴いてもらいたい作品です。

 

 

知恵の館でアラビア語に翻訳された文献はさらに研究・注釈が加わりヨーロッパへと渡りました。ラテン語に翻訳された学術書によりヨーロッパ圏に知識は継承され、ルネサンスを迎えます。イスラム文化の衰退と入れ替わる形でヨーロッパが世界の中心となるのです。

また、現在に至るまでバグダットに再び栄華が訪れることはないのでした。